銀座の柳と安曇野のこと

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♪ 昔恋~しい 銀~座のやなぎ 仇な年~増を 誰が知ろ ♪と東京行進曲に歌われる銀座の柳が植えられたのは明治10年の事。
当初は松やカエデ、桜といった木が日本初の街路樹として植えられたものの、地下水位が高く枯れてしまった事から、柳に植え替えられたのが始まりだそうです。

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大正12年の関東大震災で焼け野原となった銀座。その後も数々の変遷を経たが、昭和4年の東京行進曲のヒットで植樹されたのが安曇野産の柳だったそうです。
作曲した中山晋平氏が長野県出身だったことも関係あったのでしょうかね。
とにかく300本ものしだれ柳が安曇野から贈られたが事の最初。
しかし、第二次世界大戦での消失、オリンピック開催に伴う都市化と柳の災難は続き、一時銀座から柳はなくなったのですが、昭和62年、中央区の木が柳に決まった際、「安曇野産の柳」が改めてクローズアップ。当時の穂高町町長から中央区に100本柳が寄贈されたそうです。(※詳細は割愛してあります)

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そんな銀座にある銀座中学校の生徒さんが安曇野を訪ねてくるようになったのは、1~2年前だったでしょうか。つい先日も安曇野案内人倶楽部のメンバーで水辺の案内やわさび漬け体験を行いました。
土曜日でしたが、ちょうど体育祭でした。自遊人は案内の時参加してたら、敷地内の柳を案内してもらえたんですが残念。ちなみに創立30周年とありました。

不思議な縁です。

川の流れの意味するものについて考えてみる

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安曇野は扇状地の上に町がひらけています。その一番大きいものが烏川ですが、穂高川も地形図で見ると松川、有明から北穂高の町を形成していることがわかります。

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過去には何度もその流れを変え、麓の町や村を襲ったことでしょう。山麓にはまんどさまと呼ばれる水難除けの神様が祭られています。

ところで安曇野で一番標高の低い場所はどこだかわかりますか?
答えは湧水豊かでわさび田の広がる明科です。北は後立山連峰・鹿島槍ヶ岳のあたり、南は中央アルプス・将棋頭山から水を集め、犀川として善光寺平へ流れていきます。

水は低きに流れる。でもたまに「おやっ」と思うことがあります。
上の地図の穂高川の流れ、北へ大きく流れ出した後に南へとその流れを変えています。
穂高川と高瀬川は北穂高では200mほどしか離れていません。
なぜ、この場所で合流しなかったのか。不思議です。

9/11追記 *************************************
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穂高町町史から堰(用水路)の図を抜粋してきました。
穂高川(中房川)は江戸時代にはすでにほぼ現在の位置を流れ、ここから安曇野の大地に水が引水されていた様子がわかります。
一方、このあたりには北西-南東方向にいくつかの断層があります。また糸魚川-静岡構造線沿いにはいくつかの活断層も知られています。
3・11以後に松本で発生した地震は既知の活断層とは別の断層が誘発されて動いたとされており、盛んに調査が行われています。

村史や町史から住んでいる土地の成り立ちを知ることは、減災の意味でも重要です。


【募集】穂高まちなかガイドウォーク

白馬で見かけた風景の記事は続きますが、ここで2月に行われるイベントのご案内。

来る2月~5日穂高あめ市が行われます。
昨年、予想を超える参加者で一部の方にはご迷惑をおかけしたウォークラリー(昨年の様子はこちら)は今年も5日に実施されます。

今年は4日穂高地区活性化プロジェクト安曇野案内人倶楽部こちら)によるまちなかガイドウォークが行われます。(ちらしはこちら

午前と午後各15名の定員制ですが、もし当日まで予定が決まらない方は事務局にお問い合わせください。(安曇野案内人倶楽部の記事はこちら

なお、JRリゾートビューふるさとは2/3~6の間、南小谷方面穂高駅10時59分着、折り返しの松本・長野方面は16時38分着16時47分で運行される予定です。
午後の部であれば遠方から日帰り参加も可能です
冬の信州・安曇野の魅力に触れてみませんか?

穂高神社・御船祭(御船神事例大祭)その2

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24浦安の舞に続いて穂高太鼓の太鼓の音が腹の底まで響きます。

今日は穂高の学校はお休みだそうです。町をあげてお祭りを盛り上げます。
出店も多くの人で賑わっていました。

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これから神事が行われます。
御船はこの神事が終われば拝殿前に入ってきます。
今年は安曇族つながりの参加者も含めて大人数でした。

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果物たっぷり、てんこ盛りのご飯。神様大食いです。
お馴染みの宮司さん。穂高神社奥宮例大祭(明神池お船祭り)は10月8日(土)に行われます。

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ようやく出てきましたが、拝殿でお祓いの後神楽殿をグルグルまわりました。
いろいろと儀式があります。

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ようやく御船が入ってきました。子供御船が3地区、ぶつかり合いを演じるふたつはこの後です。

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子供御船は鳥居をスムーズに通り抜けていきます。

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42御船はいろんな人形が物語と共に飾られています。

内容は毎年いろいろ。特にお祭りと関連あるわけではなさそうです。だいたい戦国時代が多いかな?その時代を反映したものもあったりしますが、お江もいなかったし、ましてやおひさまもありませんでした。
おひさまはまだ放送中だからお堅いNHKが許してくれないかな?

毎年人形制作も大変なようです。

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いよいよクライマックス。大きな御船の入場です。転回は一苦労

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何度もぶつかり合います。入口では前の御船が入れさせまいとぶつかり、出口では後ろのが押し出すようにぶつかるそうで、確か意味合いがあったように記憶しています。

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中で子供達がお囃子をずっと続けています。拝殿壊しそう・・・

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みんなで力を合わせて御船を回します。

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見ている方も力が入ります。でも近くに来る時、ぼやぼやしているとひかれそうです。

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ぶつかり合いの後、無事鳥居をくぐっていきました。

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後ろのは観客も参加して神楽殿のまわりを回ります。一緒に引くと幸運がもたらされるとか・・カメラや荷物あるから撮すだけ・・知り合いが参加していました。

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鳥居まで来ました

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無事通り抜けました

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79御船は露店の間を通り抜け~~・・ああっcoldsweats02お札を売ってる社務所の雨樋壊しましたcoldsweats02

無事終わってバンザイ。

動画アップできるかな?写真ではよくわかりませんね。
でも実際その場にいないと迫力は伝わってきませんよ。
是非、来年見に来てください。日にちは決まっているのだから、後はお天気次第ですね。

 ☆ ↓↓↓こちらでも紹介されています(クリックするとリンク先に飛びます)

   安曇野の嫁一年生 by shioringringさん

   安曇野ナチュラル・スローライフ by azumino-macroさん

   安曇野の空の下で by kiyoさん

   みけねこのひとりごと by みけねこさん ・・・ ぶつかりあいまで見てられなかったみたい

   安曇野コラム

穂高神社・御船祭(御船神事例大祭)その1

1穂高神社の御船祭(御船神事例大祭)は、毎年9月26日に宵祭、翌9月27日に本祭が行われます。

今年は26日夜は安曇野百選プロジェクトの会議のついで、そして翌27日は予定が空いていたので見に行ってみました。
ちょうど「私の好きなビューポイント~祭りのビューポイント」のネタにもいいと思っていましたが、メンバーみんな考えることが一緒で、知った顔と沢山会いました。
御船祭りは穂高のいろんな地区が一堂に会するお祭りですし、一般の方の応募もきっとあるでしょうね。

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会議はちゃっちゃと終わらせて、のぶさんみけさんと穂高神社へ。

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ライトアップされた神社は神秘的。神楽殿では穂高太鼓が行われていました。

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神社はやっぱり夜がいいですね。

ほのかな灯りは日本らしさを感じさせます。

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これから神事が行われます。(Kiyoさんのところで様子が見られますよ)

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翌日は神楽殿で行われる「浦安の舞」にあわせて出かけました。

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二人舞に続いて四人舞

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18扇の舞と鈴の舞

浦安の舞はふつう巫女によって行われますが、ここでは稚児の舞です。

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燈籠はやはり夜見るものですね。

疲れたので続きは明日アップします。

明日は別宅お休みです。

有明山神社(2011/1/4)

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我が家から歩いて3kmちょいのところにある有明山神社
有明山の山頂に嶺宮があり、その懐にあるのがここ里宮です。
(去年の様子:安曇野コラムの記事

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05仁王門?彫刻が見事です

01干支の兎もありました

それにしても見事な彫刻です。

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07この四角をくぐると吉運が集まるそうです。

狭いぞ~。メタボなお父さん、無理に通って串刺しにならないでね~pig

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04茅の輪がありました。
穂高神社にもありましたが、くぐり方は同じでした。

地元の方でしょうか?お祓いを受けていました。

この日は多くの方が仕事始めです。

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山奥の神社ですが、なかなか見どころはたくさんあります。

開智学校と黄色い花

002撮影は3/31。松本に明治時代に開校した小学校、旧開智学校があります。プロフィールについては松本市のHP(←ここをクリック)をご覧下さい。

003西洋の香りがする建物をバックに黄色の花を撮ってみました。

004ミズキ科のサンシュユのように見えます。でも、以前アップしたダンコウバイの雄花にも見えます。クスノキ科で木肌も葉っぱも違うはず・・で、薄汚れた立て札には「ダンコウバイ」が下がってました~sweat01

005今度、花の先生によく見分け方を聞いてきま~すear

006隣接してある旧司祭館。

007_2こちらもなかなかモダンでしょ?

この日は天気も崩れそうだったので自転車で通過しただけ。開智学校は入場料が要りますが、見るものが沢山あるようです。今度ゆっくり見学してみたいと思っています。

千国街道・保高宿(2)~第8回ふるさとウォッチング in 安曇野~

01昔ながらのわさび屋さん。昔は文字が右から左へ書いてあったそうです。よく見るとその痕跡が残ってます。『さ』の字はどう見ても『き』なんですが・・・”気”になるなら聞いてみなsign02

02窓が重厚な民家ですね

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火事から守ろうとする家の工夫が随所に見られます。ところで閉める時は屋根の上に乗るんですかね?

05ひさしが長く出てるのも火に対する備えのようです。雨が吹き込まないようにかと思ったけど、いろいろ意味があるのね

060708古民家再生のお家は目隠しの塀も家と一体でデザインも統一されています。さりげなく置かれた瓶も良い雰囲気を醸し出しています

09八十二銀行横にある土蔵は屋根の部分が他と違いますね。銀行の横だから中身は小判かな~。

10「そろそろ腹が減ってきたぜよ」 ガイド付きのウォーキングは内容も盛りだくさんです。

11今は廃れてしまった提灯横丁。狐小路という旧街道だそうです。

12昔はよく通った人もいるようです

13_2古い自動販売機ですね。

見どころたくさんありますが、残りの写真はネタ切れの時でも・・・sweat01

明日はわさび田から穂高神社への帰路をアップします。

                 <続く>

千国街道・保高宿(1)~第8回ふるさとウォッチング in 安曇野~

021松本と糸魚川を結ぶ千国街道は、通称、塩の道と呼ばれています。手元の資料によると、保高宿は松本宿から3番目の宿だそうです。(※ 現在の国道147、148号に相当)

022旧街道沿いの民家の裏手には、今でも多くの土蔵が残っています。

023軒下の作り等に当時の設計思想を垣間見ることができます。

024025026今も町中の暮らしの中で生き続ける土蔵。林檎を保存すると年越してもぼけないんだそうで、実際、春になってもシャキシャキして美味しいですよ。

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さて、旧街道(現在の国道147号旧道)に出ました。街道沿いの民家にもそれぞれの歴史があります。黒塗りなのは古いからではなく、白塗りよりコストがかかるための一種のスティタスであったり、戦時中白塗りだと目立つという理由から黒塗りされ、そのまま残っている壁面もあるそうです。こんな所にも戦争の暗い陰が残っているのですね

030031029立派な門と建物です。歴史的価値があるものを個人のお宅で維持していくのは大変でしょうね。

               <続く>

貞享義民騒動

貞享義民騒動(じょうきょうぎみんそうどう)が、安曇野の歴史を知る上の重要な出来事だという事を最近知りました。(写真は7/14撮影)

00_2貞享義民社。大糸線の中萱(なかがや)という無人駅から歩いて5~10分ほどの場所に立派な記念館と共にあります。貞享義民記念館(じょうきょうぎみんきねんかん)のHPはここpen

01詳しい事はホームページをご覧ください。自遊人もよくは知りません。

02その中心人物となった多田加助さんの住居跡。といっても、松に囲まれた小さな池があるだけです。

人から聞かなければ、よそから来た自遊人のような人は知らない場所ですが、当時の農民達が生きるための権利を命がけで訴えたことを伝える、貴重な場所のひとつです。

天気が不安定ですが、麓の町中は意外と雨降ってません。山麓エリア以外なら、自転車で十分楽しむ事が出来ます。(合羽はあると便利。貸し自転車屋さんで貸してくれますよ)

安曇野の光と風・山の別宅

安曇野と山の仲間

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