鶴岡市立加茂水族館(2016/8/31)-2

20
21
22
23
24
25
26
27
28

鶴岡市立加茂水族館(2016/8/31)-1

信大山岳友の会の第26回現地研修会「高山植物の宝庫・秋田駒ケ岳と乳頭温泉」の帰り、鶴岡市立加茂水族館(http://kamo-kurage.jp/)に立ち寄った写真。
クラゲ以外もいますが、クラゲだけアップします。
01
02_2
03_3
04
05
06
07
07_2
08
09
10
11
12
13
14
15
16
17
18
 

上田町中ウオッチング(2016/1/7)

92信濃国分寺・八日堂縁日に出かけたついでに、上田城までウオッチング。
2016年の大河ドラマ「真田丸」で盛り上がる町の放送直前の様子を見る目的もありました。

マンホールの蓋には町を代表する絵柄がデザインされていることが多いです。
安曇野市も旧五町村それぞれのデザインが施されているので、自分が今いる場所を知る情報にもなります。

0125

89町のいたるところに六連銭がデザインされています。

通称「六文銭」と呼ばれている真田家の紋章「真田六連銭」

地蔵信仰の六道とは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の6つを指し、死後生まれ変わってからの行き先を示す道で、三途の川の渡し銭が六文なんだそうです。

ちなみに、六連銭を紋章として用いたのは、滋野氏とされ、その流れの海野氏、真田氏が継いで用いたそうです。真田家のオリジナルじゃないんですねぇ。

0706

04上田には信州大学の繊維学部があります。

上田は「蚕都(さんと)」とも呼ばれ、蚕糸業で栄えた地域です。
信州の誇り高い伝統工芸でもある上田紬の里でもあります。
ただ、製糸を業にする点では、富岡などに遅れを取ったようですね。
また、県内では水力を利用しやすい諏訪地方に工場が多く作られました。
知名度で劣る上田ですが、その歴史は住む人と大学に受け継がれています。

225

今回の訪れた主目的の信濃国分寺・八日堂縁日。詳しくはこちらをご覧ください。
http://museum.umic.jp/somin/category_top/s_katachi01.html

1921

7日も多くの人で賑わっていました。

上田の観光案内所にて

85
上田城址の近くにある観光会館、1階がお土産屋さん、2階が観光案内所になっています。
80_2
81_2
83
82
84
休憩もできるんですが、正直言って事務所の一角の感じで、職員は愛想もないし暗い感じで残念でした。
どうして観光案内所はこんなところが多いんだろう。
それに対して、すれ違ったおもてなし隊は、顔を会わしたわけでもないのに気持ちいい挨拶してくれました。

山形村のオーガニックカフェ

1「山形」と言っても、東北ではないですよ。
ここは長野県松本平の西にある村です。

(山形村HPはこちら)

そんな山形村へ移住してきてがんばっているTさんが開かれている、「SlowCafe MAHALO」さんに、お邪魔してきました。
(ホームページはこちら。最新情報はFacebookで)

<記事は2015/3/6のものです>

3蓄音機、ちゃんと動くんですよ。
うちにも蓄音機やミシンがあるんだけど、埃かぶってますよ。
こんな風に飾るつもりでしたが、全然手がついてないです。

まだまだ改造中のお店はとてもナチュラルな感じです。

オーガニックなお店は今は都会にもあります。
食材も地方に負けないよいものを使っている店もあります。
でも、都会にはないものが、ここにはあります。

是非、一度訪れてみて、それが何かを感じてください。

45

さて、今回は北欧マハロ週間。特別メニューのランチです。
ランチの時間はいっぱいなので時間を大幅にずらしてお邪魔しました。

6お友達が応援に来ていました。

古民家での生演奏ありの食事。

心も体も健康になります。

なお、訪れる際はお店に電話で確認してからの方が確実です。

安曇野にあるD51の移設

20安曇野の有明・立足地区。
松川との境近くの田んぼの真ん中に、ぽつんと置かれていたD51。

地域の人によって塗装されたりして大事にされてきましたが、太陽光発電の施設ができるとのことで、移動することになりました。

調査が進められ、2/13~15の日程で移動の様子が公開で行われましたので、土曜日(14日)に見てきました。

23

油を差したりして慎重に作業が進められます。

45

テレビで「昔は蒸気で、今は重機で動かす」なんて、洒落た報道もされたそうですが、仮設線路の上を重機が引っ張ります。

68

7_2今まで石炭車がつながれてたので見ることのできなかった、機関室を見ることができました。

電車の如何にも電気仕掛けの運転台と違って、重厚感溢れ、如何にもメカっぽくて格好いいです。

地元のケーブルテレビ局が取材に来ていましたよ。

9

地元保存会、立足区の方のおもてなし。ひげ爺がぬかくどおにぎりの応援に来ていました。

12a12b

子供達がじいちゃんばあちゃんや家族に連れられて遊びに来ていました。
田んぼの真ん中で車座になってます。何してるのかなぁ?

1011

線路を少しづつずらしながら、移動していきます。今は使われている場所も少なくなった犬釘。犬走りのような砂利のところで使うから犬釘って言う説が聞けましたよ。

13_214

1617

1819

21

15この日は100人以上訪れたようです。

ここにD51があることを知らなかった人もいます。

かつて篠ノ井線を蒸気機関車が走っている時代のことを知る人もいます。

もっと篠ノ井線に近い場所に移設する話もありました。

でも、ここにD51はいます。地元の人の思いの詰まった機関車を大切にして欲しいですね。

上波田の御柱と景観(松本市)-その1

Img_0006_2

御柱と言うと、諏訪を思い浮かべる人も多いかと思いますが、松本平では正月行事として「道祖神」「三九郎(どんど焼き)」等とあわせてお祭りされます。
今回は旧波田町の西側(上高地寄り)に位置する上波田地区を歩いたので、記録としてとどめておきたいと思います。

2上波田は上丁、中丁、下丁と3本の御柱が建てられています。

新聞記事に「集落毎」とありますが、歩いてみた感じでは波多神社(昔は波田ではなく波多と書いたようです)の参道沿いのひとつの集落といった感じです。

1

3その波多神社の入口に建つのが上丁の御柱、新聞記事のものですね。

三九郎(どんど焼き)もそうですが、正月行事は子供達が活躍する場でもあったようです。
今では危ないと、なかなか使わせてもらえませんが、昔は子供達だけで鋸やナタで木や竹を切って、組み立てるのが当たり前でした。子供の頃から道具に触れることで、自然と体で覚えていきましたが、今は大学生になっても使えない人が多いですね。

146

参道は石張りの道路になっています。暗渠で下は水路になっているようです。
両側には立派な民家が建ち並ぶ感じのよい場所ですが、新しい住宅に建て替えられているところもあります。

45

中丁の御柱です。安曇野の御柱は道祖神様の近くに建てられることが多いですが、ここは何もないようにみえる場所に建っています。境なのかな?

78

安曇野に来て驚いたんですが、家と並んでカーポートが立派なことです。
積雪量は多くないものの、寒さが厳しく凍りつくことや時雨が多いことから、昔なら屋敷の中に馬小屋があったように、多目的に使えるスペースを作るのでしょうかね。

1011

最後は下丁。この写真の反対側は普通の田園が広がっています。

912

今回、松本市役所波田支所から歩いて回りました。
昔の町並みは梓川の段丘の上に広がっていますので、最初そこまで登らなくてはなりません。周遊する元気のない人は、一旦、松本電鉄でひとつ先の渕東まで乗り、そこから波多神社へと行かれると往復しないですみます。














トットちゃんの公園(安曇野ちひろ美術館)-改修前電車お披露目

301772

301737_2301769

10月12日早朝、無事、旧信濃川田駅(長野市)から移設された、トットちゃんの電車。
改修に入る前の11月30日(日)に特別の電車見学会が行われました。
見学会には参加できませんでしたが、ブルーシート撤去作業中で、電車の全貌をなんとか眺めらるみとができました。

301741301738

301751
昭和2年と大正15年製造の電車。

まだ準備中でしたので、邪魔しちゃいけないので、中の見学はできませんでしたが、箱車の雰囲気がよく出ています。

301753

301743301746

301747301754301755301761

301770301749301756

昔は木の床に塗られたオイルが鼻についた記憶があります。
今ではそんな電車が走るところは数少ないですね。重厚な日よけも懐かしい。

301742301765301766

足回り。不思議な部品がついてました。

銀座の柳と安曇野のこと

5030

♪ 昔恋~しい 銀~座のやなぎ 仇な年~増を 誰が知ろ ♪と東京行進曲に歌われる銀座の柳が植えられたのは明治10年の事。
当初は松やカエデ、桜といった木が日本初の街路樹として植えられたものの、地下水位が高く枯れてしまった事から、柳に植え替えられたのが始まりだそうです。

50325029

大正12年の関東大震災で焼け野原となった銀座。その後も数々の変遷を経たが、昭和4年の東京行進曲のヒットで植樹されたのが安曇野産の柳だったそうです。
作曲した中山晋平氏が長野県出身だったことも関係あったのでしょうかね。
とにかく300本ものしだれ柳が安曇野から贈られたが事の最初。
しかし、第二次世界大戦での消失、オリンピック開催に伴う都市化と柳の災難は続き、一時銀座から柳はなくなったのですが、昭和62年、中央区の木が柳に決まった際、「安曇野産の柳」が改めてクローズアップ。当時の穂高町町長から中央区に100本柳が寄贈されたそうです。(※詳細は割愛してあります)

50365038

そんな銀座にある銀座中学校の生徒さんが安曇野を訪ねてくるようになったのは、1~2年前だったでしょうか。つい先日も安曇野案内人倶楽部のメンバーで水辺の案内やわさび漬け体験を行いました。
土曜日でしたが、ちょうど体育祭でした。自遊人は案内の時参加してたら、敷地内の柳を案内してもらえたんですが残念。ちなみに創立30周年とありました。

不思議な縁です。

江ノ電の旅<2014/5/30>

4870e4869e

地元の人の足として、また一方で観光として都市部では珍しい交通機関の江ノ電。藤沢から鎌倉まで¥300。何度でも乗り降りできる「のりおりくん」は¥600。単なる一日乗車券ではなく様々な特典がついてるのがミソです。(リンク先参照)

4874_24873_24875

今はオイル臭さはなくなりましたが、木の床やちんけな運転台、止まるか不安になるようなブレーキが楽しみなこの車両が一番好きです。

いろんな車体が走っており、また2両づつ違う形の車両が連結されてるのも楽しみです。

何度か乗車と下車を繰り返すと1回はあたるはずです。

4877a4878a4880a

4885a4887a4884a

次々と変化する車窓の風景。

時には路面電車のように車とギリギリですれ違いながらゆっくりと進みます。

大好きな海岸線の区間では渋滞する車を尻目に、電車は快調に走ります。

家々の間をすり抜けたり、途中、駅のないところですれ違ったり、時には住宅街の道路を併走したり。電車旅の醍醐味がいっぱい詰まっています。

4914a4915a

途中下車して戻ってきたら、さっき乗ってた電車が鎌倉で折り返して戻ってきました。

単線ですが、本数が多いのでこんな楽しみもあります。

安全云々が言われ、なにかと壁の作られる時代ですが、鉄道と人がこんな近くでふれあえる場所は数少なくなりました。
いつまでも大切に守っていきたい風景です。

49244926a

そして鎌倉市の景観重要建築物になっている極楽トンネル。

汽笛一声、トンネルから電車が出てくる瞬間を狙うカメラマンが他にもいましたよ。

いつも極楽寺から長谷の間はいつも下車して歩くので、実はトンネルを電車で抜けたのは子供の頃だけで記憶は定かではありません。

4970a4986a

トンネルの鎌倉寄りにある御霊神社は線路を渡らないと行けません。

紫陽花の咲く頃、この極楽寺と長谷の間にある成就院からの風景とあわせてビューポイントのひとつ。

ロケ地としても有名なようで女性がたくさん群がっていました。

4994何ヶ所かは歩いて回りたいところもありますから、そのたびに切符を購入しても良いですね。
たぶん、単純に電車を乗り降りするだけならそのほうが割安になるかも知れないです。実際、2回ぐらいなら安い。

でも、いちいち切符を買う手間を考えると・・・でも、IC使えばその手間も省けるかな?

沿線は見どころがたくさんあります。
そこはお店であることもありますが、多くは普通にここに住む個人の私有地であったりします。

人と人の距離を近くする街作りで一番難しいところです。
訪れる人個人のモラルに任されることが望ましいのですが、実際にはそんなルールを無視して、他人の土地に入ってきたり、写真を撮ったりする人がいるのが現実です。

4999a5001

この日の最後は電車で鎌倉駅へ。

こんなカエルいたんですねぇ~

より以前の記事一覧

安曇野の光と風・山の別宅

安曇野と山の仲間

2016年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ
フォト