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芦ノ尻道祖神祭り < 2014/1/7 ・ 長野市大岡 >

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0001_2正月の注連飾りを使って神面装飾される道祖神がある、長野市大岡(旧大岡村)の芦ノ尻道祖神

麻績(おみ)村との村境近くに置かれるこの道祖神が建立されたのは明治元年のことのようです。

正月の七日、芦ノ尻では家々から松飾りの注連縄(しめなわ)、オオヤス、コヤスを運び、道祖神の石碑に飾りつける。
目、鼻、口、眉毛、口髭、顎髭、冠を形作り、威厳を持たせたい願いをこめた神面とする。
御神酒樽、三つ重ねの酒杯、肴(鯛)もつくりお供えする。

道祖神は集落に悪霊、疫病などの災いが入り込まないようにと、集落の境などに造られる。

2829a芦ノ尻では15歳になると道祖神祭りの時に集落の行事に親に変わって参加できるようになる。仲間入りするしきたりとしてお酒を一升持たされて参加した。

一年間の守護役をつとめた神面は、夜のどんど焼きの人ともに自然に帰る。

長野オリンピックの開会式のセレモニーに参加したことですっかり有名になったこの道祖神のお祭りを見てきました。

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2851a古い装飾の道祖神に拝礼した後、あっという間に取り外されて石碑が姿を現しました。

ここの道祖神は文字碑です。写真右手に小さな双体道祖神があります。神面ではないですが、こちらも綺麗に装飾されていました。

古いのが外されると、いよいよ新しい装飾を始めます。

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リーダーの人から分担が発表され、それぞれ作業に入ります。

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古い松飾りからパーツが外されていきます。遅れて参加の子供たちも手伝います。

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男衆は飾りを組み立てていく。近くで女衆が豚汁やお茶のサービスをしていました。
女の子達も松をどんど焼きの場所に運んでいました。

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口→髭→鼻→目→眉と下から作り上げられていきます。

遠くから見て指示する人がいて、そのたびに修正されていきます。

どんど焼きは松と竹を組み合わせて作られていましたよ。

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北アルプスの展望が素晴らしい場所にある芦ノ尻道祖神。
装飾されていく多くのお客さんもじっと見守っています。
集まってきた子供達は豚汁食べたりしながら遊んでました。

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傍らの小さい双体像の装飾は新しいものに作り替えられました。
祠のような形がちょうど屋根のように見えます。

そしていよいよ神面道祖神は冠の部分が作り上げられていきます。

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最後の微調整は結構念入りでした。
元々同じ大きさのものではないですから、バランスは難しいですね。

それでも1時間半ほどで全ての装飾が終わりました。
その後、記念撮影やお茶菓子が振る舞われました。
どんど焼きには子供達が書いた書き初めも奉納されていました。

1071209aどんど焼きは18時から。
夜に会議もあったので見られませんでしたが、この日はNBS長野放送が取材に入っていました。

オリンピックの頃は43戸ほどあった家も、今は33戸。
このような道祖神祭りをするのも容易ではないそうです。

報道では「伝統を守っていきたい」とありました。
でも、「有名になって見に来る人がいるから続けている。大きな松飾りも今は祭り用に準備しないといけない」と話されていた長老の言葉が心に響きます。

募金箱を置いたら盗まれたという時代。
子供の数も年々少なくなっていきます。
伝統を守るのは大切ですが、現実は厳しいものがあります。

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こんな芦ノ尻道祖神の場所はこちらです。訪れる際、狭い集落の道路ではゆっくり走りましょう。

大きな地図で見る

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コメント

自遊人さん おはよう〜〜

何と珍しい行事なんでしょうね
小さな集落の方々が今もしっかり受け継がれてるんですね
寒い季節に村中総出のようですね
集落の人口が少なくなってこの行事も維持出来なくなりそうね

ユニークな道祖神祭り 楽しませて頂きました〜〜
ありがとう!!

うーちゃんさん コメントありがとうございました。

道祖神は村の守り神、人々は感謝の気持ちをこめてお祭りします。
二十三夜塔や庚申塔とともに置かれていることが多いです。
現在の集会所の場所にあることも多いです。

サラリーマン世帯では忙しくて村の行事に参加したくても参加するのは難しいですね。これは村の行事全体に関して言えることです。

自遊人さん 
こんにちは。
明治時代から作られているのですね。
ユニークですね、こうして作りあげるなんて
素晴らしいわぁ。
道祖神は村の守り神~
なるほど~皆さんが一丸になってつくりあげる
なかなか大変な作業なんですね。
こういう所にも参加できる人もだんだんと
少なくなってきたのですねぇ。

ムームーさん コメントありがとうございました。

道祖神の多くは江戸時代後期から建立されたものが多いです。
争いの時代が過ぎても国としてはまだ安定していなかったのでしょう。
疫病や飢饉などの災いから守る術もなく、神仏にすがる風習が発達したのでしょうね。

伝統行事は後世に伝えていきたいですが、社会構造も変化しています。
地方は都市部より若い人の数が少ないですし、続けていくのも容易ではないですね。
難しい課題です。

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