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エベレスト街道トレッキングの日誌

Route写真で綴る記事はまた別宅のほうにアップしていきます。入口は一番下へ↓↓)

メンバーは日程の都合等で途中ナムチェバザールまでの6名とあわせた17名で11/4に松本を出発、チャーターバスで羽田へと向かいました。
利用航空会社は全てタイ航空。
深夜発でバンコク・スワンナブーム国際空港へ。トランジットでしばらく空港に滞在したのち11/5午後、カトマンズ・トリブバン国際空港へと無事下り立ちました。

ここまでは順調で11/6にはルクラまで飛んだ後、いよいよトレッキングスタートとなるはずでした。
ところが予想外の悪天候、有視界離発着のルクラの空港に小型プロペラ機は悪戦苦闘。ナムチェ組の乗った飛行機の数十分後に飛んだ我々の機はカトマンズ離陸後しばらくして引き返すこととなり、グループはいきなりふたつに分かれての行動を余儀なくされました。

翌11/7は天気が回復しましたが、ルクラ行きは朝から悪戦苦闘。キャンセル待ちでもあり、強引に4名まではバラバラになりながらもなんとか朝のうちにルクラへ飛べました。
ところが後の7名がなかなか来ない。予想外のことで携帯phonetoも電源を切ったまま(充電器をカトマンズに置いてきてしまったが、結構山奥まで充電できた・・・catface)で、やきもきしていると午後になってようやく到着。予定のパクディンには暗くなってから到着。
ここでようやく17名全員が揃ったのでした。

11/9、ナムチェ組は午後帰路に、我々はさらに先へ進む予定でしたが、隊長が体調不良でこの日はナムチェ、スティとなり、翌日から先へと進みました。

11/12、ディンボチェまで進んだところで女性陣に高度障害の気配があるので、11/13男性陣だけでチュクンそして11/14チュクン・リへ登頂後ディンボチェまで戻りました。

11/15、全員でロブチェまで進みました。
11/16は休養日、女性陣はやはり高山病の気配があるので下山へ、チュクン・リ登頂の際に喉を痛めたSさんも一緒に下山することになりました。

カラパタールへはゴラクシェブに一泊して登る予定でしたが、11/17ロブチェからの往復と変更となりました。早朝出発できついものがありましたが6名が計画通り登頂。

11/18は一気にデブチェまで。下山は高度障害の心配がないので、体力次第でかなり距離を稼げます。

11/19はナムチェで先に下山した組と合流できました。

予定より1日早く進んでいます。ルクラからカトマンズへの予定の飛行機は23日ですが、行きのように飛ばないこともありますので、22日にチャーター便でカトマンズへ飛ぶことにしました。

そして1日空いた23日~24日はポカラへバスをチャーターして観光へ。

そして25日カトマンズからバンコク経由で26日松本へと戻ってきました。

2011_11_07_0680カトマンズ⇔ルクラ間のプロペラ機。
なんと座席を脱着して増減可能です。シートベルトももちろん着いてますよ。
後日別宅に詳細アップしますが、ネットで調べてみると、去年墜ちたようですねcoldsweats02

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別宅記事
1) 11/28 UP プモリ(Pumo Ri)という山
2) 11/29 UP カトマンズ-ルクラ間の飛行機と飛行場
3)
11/30 UP カトマンズ到着の日(11月5日)
4) 12/1 UP ルクラからパクディンへ(11月7日・前編)
5) 12/2 UP ルクラからパクディンへ(11月7日・後編)
6) 12/3 UP パクディンからナムチェバザールへ(11月8日・前編)
7) 12/4 UP パクディンからナムチェバザールへ(11月8日・後編)
8)
12/5 UP ナムチェバールにて(月明かりと夜明けの風景)
9)
12/6 UP ナムチェバールにて見かけた花(シャンボチェにて)
10)12/7 UP エベレストビューホテル
11)
12/8 UP ナムチェからタンボチェへ(11月10日)
12)12/9 UP タンボチェ、そしてパンボチェへ(11月10日・11日)
13)12/10UP いよいよ4000m越え、ディンボチェへ(11月12日)
14)
12/11UP さらに未体験の領域へ・・・チュクンへ(11月13日)前編 
15)12/12UP 雪と氷の世界・・・チュクン(11月13日)後編
16)
12/13UP チュクン・リ登頂へ(11月14日前編)
17)
12/14UP チュクン・リで見たかったもの(11月14日後編)
18)
12/15UP ロブチェへ(11月15日)
19)
12/16UP ロブチェから・・・(11月16日)
20)
12/17UP カラパタールで思ったこと(11月17日)
21)
12/18UP Debucheへ <カトマンズへの帰路編> 
22)12/19UP NAMCHEの再会 <カトマンズへの帰路編>
23)
12/20UP パクディンそしてルクラへ <カトマンズへの帰路編>
24)
12/21UP 上空から・・・そしてカトマンズへ <カトマンズへの帰路編(終)>
25)
12/22UP カトマンズからポカラ観光へ(前編)
26)
12/23UP カトマンズからポカラ観光へ(後編)
27)
12/24UP アンナプルナの夜明け、そして旅の終わりに
28)
12/25UP ネパール最後の日々に思う (終)

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コメント

こんばんは☆

うわ~っ!!日程ダイジェストをこの1件にまとめちゃった様子で(爆)

かなりの強行軍スケジュールの上、グループが分割行動止む無しになったりして大変だった様子が伺えます。

図表で行程表示をされているのは実に解り易いですが、いまいち場所との相関関係がつかめそうにありません。

別宅共々移動書斎併用で拝見させて頂きます(礼)

サイモンさん おはようございます

とりあえず表紙的意味をこめて日程をまとめました。
今後、この記事の下の方に別宅記事へのリンクを追記していく予定です。

土地勘がない方には記事と位置の関係が掴みにくいですね。地図と記事のリンクが貼れないので限界はあります。
実は結構ゆったりスケジュールで中には3時間程度しか移動しない日もありました。
高度順応もありますし、体力差も人様々ですから、これより劇的に短い日程でこなすことが可能な人もいるようですし、無理して高山病でヘリで下ろされる人もいます。

それにしても大人数を動かすのは大変ですね。もっとも今回はグループの一員でしたけど。

自遊人さん
おおお~プロペラ機ですかぁ、怖いなぁ。
みなさんバラバラになったのですね、合流して
スタート、素晴らしい!!
同じ行程を行うのは色々と考えて行動
することも配慮がいりますね。
仕事から帰り次第病院へ連れて貰います。
励ましの言葉をいただいて嬉しいです。

ムームーさん お忙しい所コメントありがとうございます

このセスナの親方は正直言って怖かったです。
しかもいきなりメンバーバラバラで隊長さんは心配したでしょう。
その後調子が悪くなりました。(飲んだミルクのせいかも知れませんが・・・)
いくら顔見知りとはいえ、1ヶ月も一緒だといろいろありますね。

自遊人さん、こんばんは
読んでいて、鳥肌が立つほど、ビックリしました!
大変な思いをされたんですね!
予期しない事態が起きて、精神的にも大変でしたね。
高山病!私も富士山で経験しましたが、
女性は、男性よりも貧血気味なので、罹りやすいと思います。
皆さん、大変な思いをされたと知って、
これからのレポートを読むのが、ちょっと怖くなりました。
自遊人さんは、大丈夫だったんでしょうか?
お疲れのことと思いますので、ゆっくりと休んで、下さいね。
ブログへのUPも、ゆっくりとどうぞ^^

azumino-macroさん おはようございます
とりあえず、ざっと主な出来事を書き出しました。
書けないこともいろいろあります。長丁場は体力だけでなく精神的負担も大きいですね。
今回は単独でもツアーリーダーでもないので、その分は気が楽でした。
トレッキング中のロッジは予約していくわけではありません。ただ、ガイドの力によっていい宿がとれるかどうかは差が出てくるようです。
今回のガイドさんは昨年、富士山で行われた講演会に招待されるほど経験も豊富な方です。余談ですが、途中で三浦雄一郎とかをエベレストに案内したガイドさんにもお会いしました。

高山病、比較的強い人もいるようですが、健康状態等いろいろ他の用件も絡むので、高山に順応していなければ誰でもなると考えるべきなのでしょう。
個人的には女性が弱いとは思いません。今回も女性の単独(もちろんガイドはついているけど)の方にも出会いましたよ。
信州に住んでいるので関東から富士山に登りに行くよりは、多少高地に順応していると思いますよ。あとは体力だけ。
高齢の西欧人のご夫婦もたまに見かけました。荷物はポーターが運んでくれます。

おかえりなさい!ご無事で何よりです。

登山、しかも雪山、しかも海外!私には想像もつかない世界ですが
記事のアップ楽しみにしていますよ〜☆
久々の安曇野はいかがですか?
きっと新鮮に映る事でしょうね〜

shioringさん コメントありがとうございます

これまでいろんな山岳リゾートを見てきましたが、安曇野は山岳風景と田園風景のバランスがとてもとれていて、十分世界に誇れる風景と思いましたよ。

今回は登山(クライミング)の初歩でほとんどトレッキングレベル、しかも雪道は歩いていません。(凍った川は渡りましたがcoldsweats01)
ただ、標高が高いことや連日移動手段は「足」しかないことから、基礎体力は必要でしたね。
もう少し英語が話せると良いのですがねぇ。しかしこれまでひとりで海外旅行して不自由はありませんでした。そもそも日本人が英語苦手なのは海外でも周知の事実のようだし、英語が第二外国語の韓国ですら、田舎の食堂に行けば英語も通じませんからね。

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